2015年08月19日

真夏の成人式2015

今年もまた真夏の8月15日の終戦記念日、戦後70年のこの日に大町市や北安曇郡の町村では成人式が行われました。小谷村でも平成6年4月から平成7年3月に誕生(全員が二十歳をクリア)した皆さんが集合して成人を祝いました。

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成人者代表の誓いの言葉・・・・しっかりした内容でした。村長は式辞で、この終戦記念日という記念すべき日の成人式に、想い描いてほしい。「戦争と平和について、皆さんの将来はどうなっていたいのか、日本の国はどうなっていたいのか。」そして、自ら考え自ら行動するたくましい人間に成長してほしいとお願いしました。

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恒例の記念写真は前の2列が元(古)成人者、後の3列が新成人者です

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式典の後の祝賀会は今年もノンアルコールです。飲み物はウーロン茶、栂池雪どけサイダー、ジュース、ノンアルコールのビールが並び、先生や成人者の近況報告など・・・・・「物事に熱中すると寝ている暇がない。」という発言に首を縦に振り、「アルバイトが忙しい。」との発言には同感の声が・・・・若者だなー。

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祝賀会の終わり、皆さんにアンケートに協力してもらいました。・・・・「村長は写真を撮ってるの?」の声に「アンケートに協力しているか証拠写真を撮るだ!」と村長の返事。

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アンケートは書いた。書いたと記念撮影・・・・この後、彼らは同級生のペンションでバーベキューをして盛り上がるのだとか。

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何時の間にか成人者が全員集まって記念撮影を行っていました。・・・・村長の感想「今年の成人者は個性的ですなー。」
彼らは平成7年7月の豪雨災害を経験した最も若い村民であり、二十歳の時に神城断層地震を経験した人たちです。これから10年先20年先を強く生きていってほしいと願っています。(出来ることなら小谷に帰って来て・・・・)

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66歳の村長も0歳の孫(残念!外孫)が出来ました。この子が彼らと同じ様に二十歳の成人式を迎えるとき小谷村はどうなっているのか、日本の国はどうなっているのか? 少なくとも戦争の無い「平和な日本」であること、「平和な世界」であることを強く願います。

2015年08月11日

日本海で塩づくり2015

小谷村には「塩の道」とも呼ばれる千国(ちくに)街道があります。新潟県糸魚川市から内陸部の松本市に通ずる「塩の道」は信州川では「糸魚川街道」、越後側では「松本街道」ともよばれ、生活物資を運搬する物流の道ですから複数に分かれていて、主に大網(おあみ)峠越えと鳥越(とりごえ)峠げ越えで、糸魚川市と結ばれ、越後からは塩や鰤(ブリ)、信州からは麻やタバコを明治の初めまで牛馬や人の背で運んでいたそうです。

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今年の塩の道祭りで糸魚川市に行ったとき、「越後の塩はどこで作られたのか?」「北前船で瀬戸内や能登の塩が運ばれてきた?」と糸魚川の皆さんにお聞きしましたところ、「市街地のすぐ先、前浜で最近まで作っていた」とのこと。・・・・そして、「塩の道祭りで運ぶ塩を作りましょう。」という話がまとまり、8月8日小谷村から塩造り部隊が出動しました。

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マイクロバス2台に分乗して、糸魚川市親不知の海岸に集まった村民は36名、糸魚川市の米田市長や市役所職員、観光ボランティアの皆さんにも協力していただき、塩づくりが始まりました

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まず、砂浜の一画の石やゴミを取り除き、綺麗に清掃して細かい凹凸を表面に付け塩田にします。

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海からきれいな海水を手前の大きな桶に運び・・・・当日はみんなでバケツリレーをして運びました。

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桶(おけ)を海水でいっぱいに満たします。・・・・・右の青い法被(はっぴ)は村長と米田市長。

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小さな手桶で海水を薄く満遍なく砂の上に撒きます。・・・・・これが難しい

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しばらく放置して砂に塩の結晶が付いてくると、表面の塩の付いた砂だけを集めます。・・・・左下では太陽光で海水を煮詰め塩を作ろうとしています。

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集めた砂を濾過する桶に詰めて・・・・・

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海水をかけると・・・・・砂についていた塩が溶けて濃縮された海水が手前の溝から滴り落ちます。

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そして濃縮された海水を煮詰めると塩になります。・・・・その昔には、海水を煮詰めるために必要な燃料の薪は「小谷で材木を伐って姫川に流し、糸魚川に運んで塩を作ってもらった。」という話を聞きました。

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ようやく白い(薄い褐色の)塩が出来ました。でも労働の割には採れる塩の少なさにビックリ。・・・・砂に撒いた海水が乾くまでの時間や海水を煮詰める時間には、みんなで海水浴をしたり食事をしたり、大人も子供も満足した様子です。(村長も5年ぶりに潜って海底の様子を見てきました)
村長が面白かったのだから、大人も子供も面白かったと思います。来年は塩の道祭りしている白馬村や大町市にも声をかけて、もっと大勢で「塩造り」をしたら楽しいだろうと考えている村長です。

2015年07月30日

夏休みのイベント2015

夏休みが遅い小谷村でも子供たちが7月25日から休みに入いり、様々なイベントも始まりました。今年で2回目となる「おたり真夏の雪まつり」も25日~26日、栂池高原の雪の広場で開催されました。

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今年のユルキャラは右から、白馬村の「ヴィクトワール・シュヴァルブラン・村男Ⅲ世」、大町市の「おおまぴょん」、菊川市の「きくのん」そして小谷村の「タリタリ」です。26日には長野県の「アルクマ」も出場した様子です。

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今年も菊川市から出店していただきました。・・・・「茶娘」二名と、お茶を栽培している若手グループ「茶夢来(さむらい)」の皆さんも参加してくれました。

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もちろん、菊川市からは村長の娘も「きくのん」と一緒に小谷に来てくれました。・・・・ゴメンナサイ松本○○○さん、「出来の悪い小谷の村長の娘?」と菊川市の皆さんから誤解を受けてしまうかも。

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小谷村の隣の糸魚川市の「糸魚川うまいもん会」の皆さんは、名物の「ブラック焼きそば」を出店してくれました。・・・・この他にも地域おこし協力隊員や集落支援員が、「ポン菓子」「ピザ」「手打ちそば」などを出店しました。

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今年も村長は、ソリ競争で子供たちとパンツまでびしょ濡れになって遊んで、お母さん達からヒンシュクを買っておりました。・・・・・だって、子供たちが「もう一回」「もう一回」と誘ってくれるんだもの!!

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若者グループ「オタリンク」は釣り堀や焼きトウモロコシの店を出しました。・・・・魚が釣れない子供には「つかみ取り」の水槽も設けてあり、そこでも子供はびしょ濡れになっていました。

25日、小谷村で雪遊びをした村長は深夜バスで小谷を出発して「南白亀川イカダ上り大会」に参加するため千葉県の白子町に向かいました。

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到着して、蕎麦を打っていた村長に、大会であいさつをするようにとの連絡が・・・・地震災害の御支援の御礼と、優勝を目指すことを宣言してしまいましたが・・・・その結果は?

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今年は参加チームも多かった様子です。・・・・特に子供チームが!

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大会の華、G1レースは予選から行われ、小谷村から出場した雨中チーム(下)は白子町の林町長が乗る「ひまわり号」(上の写真、町長は右から2人目)にわずかの差で遅れ、決勝戦進出を逃しました。・・・・残念

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敗れた、雨中(うちゅう)チームは大会終了後、村長と反省会を明るいうちから始め、夜遅くまで続けたのでした。(村長は途中退場)

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表彰と閉会式の写真・・・・・・大勢の皆さんが晴天の(熱~い)なかを参加して楽しんでくれました。小谷のチームは上位進出できませんでしたが、賞金をいただいてその夜遅くまで気勢を上げた様子です。
 来年は、優勝できるイカダと腕力・体力に自信のある村民と共に参加するつもりです。

おまけ
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今年も白馬乗鞍温泉でホタルが舞っています。ここの蛍は6月から9月まで見ることが出来ますので夏休みに子供さんと見に来てください。7月28日の夜は数十匹が舞っていました。

2015年07月28日

NZ マールボローからのお客さん・・・その2

村長が札幌で開かれた「全国日本ニュージーランド姉妹都市・協会会議」に出張している間に、マールボローから学生と引率の先生が小谷村を訪問してくれていました。

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ハイスクールの女子生徒2名と男子生徒1名、そして引率の先生(左端)です。

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一行は日曜日に同じく姉妹提携をしている山形県の天童市から小谷村に移動し、小谷村の中学生や村民と交流して、4泊5日間を過ごしました。・・・・小谷中学校では英語の授業に参加しました。

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「おたり野ブタ」を見てもらいました。・・・・原野に電気柵で囲いを作りブタを放牧しています。(ブタは野草や木の葉が大好きです。)

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彼(彼女)らが小谷村で過ごすときは、その年(3月)にマールボローを訪問した小谷村の中学生の家庭にホームステーすることになっています。・・・・歓迎会の写真です。引率の先生(左から2人目)はホームステーしたお宅の家族と浴衣(ゆかた)を着て出席しました。

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大網集落にあるOBS(オービーエス OUTWARD BOUND JAPAN SCHOOL)を訪問して、ロッククライミングなどを体験したそうです。・・・・この他にも栂池自然園や郷土館、史料館、温泉の足湯などを体験してもらいました。

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歓迎会では地元の「小谷太鼓」のメンバーやホームステー先の家族と一緒に太鼓をたたいて楽しんでもらいました。

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木曜日の朝にホームステイした家族や中学生に見送られて、小谷を離れ次の目的地の広島に向かいました。・・・・あいにく台風11号による悪天候でしたが、無事に旅を続けることが出来たそうです。「よかった。よかった。」

2015年07月24日

NZとの姉妹都市交流

マールボローの市長さん一行と別れてから2日後、札幌の北海道庁の赤レンガ庁舎で開かれた、「全国日本ニュージーランド姉妹都市・協会会議」に出席しました。

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なんで札幌?と思ったのですが、飛行機から見た景色を見て納得。・・・・上は千歳空港付近の風景、下はNZのブレナム付近の風景です。どちらも農業の国といった雰囲気でしょう?

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観光スポットになっている赤レンガ庁舎です。この建物の2階で会議が開かれました。涼しい北海道と思っていたのですが・・・・当日は雨で蒸し暑かったのです。

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午前中に行われた「姉妹都市・協会会議」(上の写真)には80名以上の参加者が、そして午後行なわれた「北海道の食」シンポジウム(下の写真)には100名以上の参加者で会場は満杯でした。・・・・出席した皆さんの熱い思いもあって、とっても暑かったです。

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マーク・シンクレア駐日NZ大使は午前も午後も会議に参加してくれました。

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北海道では午前中は荒川裕生副知事、午後は高橋はるみ知事(写真)が参加してくれました。・・・・それぞれの自治体や団体の交流のキッカケや、現在の交流の体制など、聞くことが出来ました。

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追加
あいにくの雨ということで、外出が困難な人は昼食に道議会食堂を利用してもよい。とのお許しが出ましたので、定食を食べに行きました。・・・・・たぶん、この食堂を利用できたのは生涯に一度だけ!ですよね。

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夕方からの交流会にも参加して7時近く外に出て歩いたのですが、さすが北の街、まだ明るくて、何十年ぶりかで時計台を見て、翌朝の飛行機で帰えりました。・・・・
全国で44の自治体と、49の友好協会などの市民団体がニュージーランドと交流していると知っただけでも良かったと思っています。

2015年07月22日

NZマールボローからのお客さん

今年の2月、姉妹都市のNZマールボロー(MARLBOROUGH)へ訪問した時の約束、マールボロー市長さんや議員さんの小谷村への来訪が実現しました。

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アリスター・ソーマン市長(右)と、議会議員で小谷村の名誉村民のバルサンティ議員(左)一行が同じく姉妹都市の山形県天童市や小谷村を訪問するため来日しました。・・・そして7月9日から11日まで小谷で過ごしていただきましたが、相変わらず元気で愉快な皆さんです。

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白馬高校を訪問していただきました。丁度、学園祭でしたので生徒からお茶の接待を受け、校長(右)とソーマン市長がプレゼント交換をしました。・・・・村長としては白馬高校とハイスクールの交流が有ればよいと思っています。

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来日して、暑い日が続いていましたので、まだ残雪が有る栂池自然園に「ミズバショウ」を見に上りました。・・・・前列右が村長、左が市長、後列右がバルサンティ議員、中央は姉妹都市運営委員会のアーバコー議員夫妻、同じく左はジョン議員

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小谷中学校では英語の時間にお邪魔して、教師から生徒と一緒に「英語の書き取り」を指示されました!!・・・・時間の関係ですべて出来なかったのですが、「持ち帰って宿題にする」とのバルサンティ議員の発言。

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役場内を案内していたら、市長は小谷の村長(村長室?)が気に入った様子です。・・・・さっそく電話をするポーズをとる愉快な市長です。

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議会室では議長席にアーバコー議員、村長指定席にソーマン市長が座って議会開始?

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よく飲んで、よく食べて、よく話した3日間でした。・・・・ちなみに市長の前に有るワインは三鷹市の特産品「キュウイワイン」です。

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小谷を離れる日、マールボローとの交流のきっかけを作った大網集落にあるOBS(アウトワード バウンド ジャパン 長野スクール)を訪問しました。・・・・NZのマールボロー(アナキワ)のOBSの支援を受けて日本のOBSが作られたのだそうです。その縁で姉妹都市の仲介をしていただき、マールボローとの姉妹都市交流は今年で24年目を迎えました。
OBSの庭で大阪に向かう一行を見送ったのですが、バルサンティ議員も市長も来年の選挙には出馬しないような口ぶりでした。・・・・特にバルサンティ議員には姉妹都市になる前から、交流のためにお骨折りいただいておりましたので、つぎは私がNZに会いに行くから「元気でいるように。」お伝えして別れました。

2015年07月14日

台湾へ2015

小谷村の主要産業は観光業です。数年前からインバウンド事業(海外誘客事業)に力を入れていますが、誘客に力を入れるだけではなく、子供たちにも海外の皆さんと交流してほしいと思っていました。
先日、長野県の観光部の力も借りて、台湾の中~南部の教育関係者と会うために村の教育委員と学校の先生に同行して台湾を訪問してきました。

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小谷村からは富山空港を利用して桃園国際空港に飛ぶのが時間的に短いのですが、週に4便で、村長の日程に合わなかったので、羽田空港から台北市の松山空港便を利用しました。・・・市内に飛行場があると便利ですよね。

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夕方台北市に到着したので、夕食の後2年ぶりに士林の夜市を見に行きました。相変わらず大勢の人で活気づいていましたが、以前と比べ整然としていました。

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今回初めて新幹線(上)を利用して台中と台南に出かけました。・・・・ビジネスクラスを利用したら、お茶と御菓子の接待もありビックリしました。
台北駅の待合室には閲覧できる絵本が沢山おいてありました。・・・・ちょっと良いですね。

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今回の教育関係への訪問では彰化県の教育處次長さん(写真右の女性)や中学の校長先生、(中央男性)と。

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高雄市の教育局の局長さん(写真中央の女性)や小学校、中・高校の校長さんと話をすることが出来ました。・・・・私が関与するのはここまでです。あとは充分に調査・検討を教育委員会と学校で行って、出来うるならば次年度から中学生の交流が出来ればと思ってます。

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ちょっとビックリ・・・・湿度95%気温37度とか
高雄はマンゴーの季節・・・・なのだそうです。大きなものはA-4の紙と同じ長さが有りました。(美味しかったですよ。)

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もちろん食べていただけではありません。・・・・観光誘客のお願いに旅行社めぐりもしました。

きくのん

菊川市のゆるキャラ「きくのん」は昨年から小谷にも来て売出し中です

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昨年の真夏の雪まつりの写真です。・・・・6月、「きくのん」と仕事をしている村長の下の娘(上の娘だったかな?)からメッセージと人形、そしてキャンディがとどきました。『小谷のおとうさんへ、今年も「きくのん」と一緒に小谷に行きます。まず一足先に、ぬいぐるみ「きくのん」をおくります。可愛がってネ』とのことです。

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村長と「娘の松本○○○ちゃん」です。この娘(こ)からとどきました。・・・・菊川市の職員で私と同じ「松本」姓です。とっても良いお嬢さんですので、知らない人には「私の娘です」と紹介してヒンシュクをかっています。

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マスコットのアイテムとして、ぬいぐるみ人形と飴を作ったようです。・・・・人形はゆるキャラと比較するとスリムの感じですが、キャンディは!!

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何とも言えず「ノホホンとした好い顔」をしていると思った村長です。・・・・早速、役場の観光商工係(カメムシのピンバッジを作った係)に持ち込んで、「これに負けないタリタリのキャンディを作ってくれ」とお願いしたのです。(また村長がワガママを言ってるとの声も・・・・)

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ところが、臨海学習で菊川市へ出張した小谷の役場のI嬢が、村長へとクッキーを持ってきました。菊川市の方からいただいたのだそうです。・・・・これもカワイイではないですか!でも「手作りで、高度なセンスと技術が必要」・・・難しそうです。村長は食べることもせず毎日クッキーをながめています。

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昨年の「タリタリ」(左)と「きくのん」(右)です。「きくのん」に負けないキャンディは出来るのでしょうか?
今年も7月25日(土)と26日(日)に栂池高原で「真夏の雪まつり」を行います。姉妹都市の菊川市から「きくのん」と娘が帰って来ます。

2015年06月24日

白馬高校の未来

6月18日、長野県教育委員会は白馬高校に国際観光科を新設して、平成28年度から全国募集をすることを決定しました。
このことにより、生徒数の減少から存続の危機にあった白馬高校の将来が決まり、白馬高校と地域が未来に向け、「素晴らしい高校にするため」の挑戦が始まりました。

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翌6月19日、長野県庁で県、県教育委員会、白馬小谷両村が白馬高校の運営を連携して進める協定書の調印式を行いました。・・・・右から伊藤教育長、阿部知事、白馬村の下川村長、小谷村長

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現在、全国募集に向けて、パンフレットやポスターの作成が進んでいます。白馬高校の普通科には文理コースと教養コースを、国際観光科には国際コースと観光コースを設けて全国募集をし、地元の若者や全国から集まる若者が学び、国際観光地を目指すHAKUBA VALLEYの将来を担ってくれることを期待しています。

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白馬高校はスキーの名門校でもあり、卒業生の中にはオリンピックなど国際大会で活躍する選手が大勢います。この皆さんには白馬高校のスーパーアドバイザーをお願いして、支援していただきます。

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調印式の後で教育長とこれからの白馬・小谷両村の白馬高校へのかかわり方、公営塾の運営や、全国募集、寮など宿泊施設の整備、学校運営委員会への両村長の参画、などの話をしました。
白馬村・小谷村は、学力保証のための「公営塾」の運営、全国から来る生徒のための「寮」の設置など、地域ぐるみで白馬高校をサポートしていきます。

2015年06月15日

アラヤシキの住人たち

小谷村に真木(まき)という集落が二つあります。一つは中土(なかつち)の真木で美味しいそば屋の蛍(ほたる)があるところ、もう一つは南小谷駅から歩いて1時間半、峠を二つ越えた所にある真木です。この真木では共働学舎の皆さんが自給自活の生活をしています。その活動拠点の茅葺(かやぶき)の建物の屋号が「新屋敷(アラヤシキ)」です。そしてこのアラヤシキでの四季の共働学舎の皆さんの暮らしが映画になりました。

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村長は小学校のときに遠足で真木集落に行った記憶が有りますが、それ以後も真木集落には五月の連休中に山菜を採りに足を運んでいました。

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共働学舎の代表者の宮嶋さんとは、真木集落近くへの県の雨量観測所の設置に伴い知り合ったのですが、共働学舎や映画制作関係者のご厚意で6月9日、小谷役場に併設されている多目的ホールで映画が上映されました。

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上映に先立ち挨拶をしている人が小谷の共働学舎の代表者 宮嶋信さんです。真木で暮らし始めてからおよそ40年になるとのことです。・・・彼も私も年を取りました。

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映画上映の村内お知らせをした結果、ホールは村内外の皆さんでいっぱいになり立ち見の方も大勢出ました。・・・村長になってから、これだけ大勢の皆さんがホールに入ったのを見るのは初めてです。役場の係員は本気で酸欠や熱中症を心配して、窓の開閉や休息室の確保に駆け回っていました。

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映画は共働学舎の皆さんの日々の暮らし(昭和30年代の小谷村の暮らし、どこにでもあった風景です。)を淡々と追いかけ映し出すのですが、村長や観客は感動しました。

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真木集落で暮らす共働学舎の皆さんも映画の鑑賞に来てくれていましたので、映画が終わって挨拶をしてもらいました。

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真木で結婚式を挙げ、現在は子育てに忙しい夫婦、彼らは大網集落でも頑張ってくれています。

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真木から見える北アルプスの山並みの映像
編集前の画像を視聴した村長に共働学舎の宮嶋さんから「小谷を全国の皆さんに知ってもらえる機会だから協力しろ。」と言われ、チラシに「真木には小谷の風景に溶け込んで暮らしている人達がいる。」みんなに見てほしいと文章を書きました。
 それぞれが個性を持って、自給自足の生活を送る共同学舎の真木集落での暮らしかたは、数十年前まで、どこの山村にもあった暮らしかたです。現在のお金中心、経済中心の暮らしの中で心に響くものが有りました。皆さんにも一度映画を見ていただきたいと思っています。